Q&A 2021-0138およびQ&A 2021-0139に関連して、変圧器の励磁突入現象とその抑制対策について説明して下さい。
ご質問の変圧器の励磁突入電流とその対策について説明します。
A. 変圧器の励磁突入現象とは?
停止していた変圧器を遮断器の投入操作で課電した直後において不可避的に発生する過渡現象を「変圧器の励磁突流現象」といいます。この過渡現象は下記の4っの特徴を有して様々な障害を引き起こす原因となります。
- 第1に「励磁突入電流といわれる過大な過渡電流」が発生します。その大きさは一般に変圧器の定格電流の 3~6倍程度で短絡電流にも匹敵する大電流であり、さらにその消滅までの継続時間が1~1秒程度で非常に長く続く過渡現象となり様々な障害の原因となります。
- 第2に「過大な過電流に付随するインピーダンスドロップ(I・Z)による電圧瞬時低下(いわゆる電圧瞬低)が不可避的に生じます。その運転電圧低下は10~25%程度ですから運転電圧が最大75%程度に低下し、また継続時間が0.1~1秒程度と長いので近傍の負荷系に様々な障害をもたらす原因となります。
- 第3に励磁突入電流は変圧器の鉄心飽和に起因して「極端な尖塔波形の不平衡大電流」となります。不平衡電流、また極端に歪波形の大電流は各種の保護リレーの誤動作、電磁ブレーカ自動遮断、パワエレ制御系等の不調、回転機の損傷など様々な障害の原因となります。
- 第4に,変圧器課電時に必ず発生する現象なので変圧器開閉操作の多いサイトでは極めて頻繁に発生します。 また、1台の変圧器で発生した励磁突入電流(直流および低次高調波成分を含)はインピーダンス逆比で近傍の全フィーダーに分流します。従って、複数バンクが頻繁に開閉される事業所では複数変圧器の延べ総操作回数と同数の突流現象に晒されることになります。このように突流現象が頻繁に繰り返されれば、事業所内の様々な障害が生じるだけにとどまらず、近傍の他社事業者や一般配電負荷系への影響も避けられないことになります。
(主な障害例)
1. 過電流または不平衡尖頭波歪電流に起因する障害例:
a. ブレーカ過電流遮断, フューズ遮断, 過電流保護リレー誤動作など
b. 変圧器コイルの電磁機械力による変形・座屈(フレミング左手則により過大な電磁機械力が発生)
c. モータの変調・ロータ過熱損傷など(逆相電流/高調波電流によりロータ鉄心部が異常過熱)
2. 電圧瞬時低下に起因する障害例:
a. 動力制御プロセス系の変調・保護系の誤動作, 電源喪失誤動作など
b. ブレーカ自動遮断など
c. 弱小電源システム系(太陽光発電、小水力鞘腫威力)の負荷脱落など
B. 突流現象の発生メカニズム
C. 変圧器の励磁突入現象の抑制策
変圧器の励磁突流の抑制装置の実現は世界的にも日本においても 今日まで未達の技術課題 とされており、国内外の電力会社および大手メーカによる若干の試験採用的報告が発表された程度にとどまっています。
ところが九州に本社工場を構える 興電舎(本社延岡市)が同社独自の考案による突流制御アルゴリズムによって日本発・世界初の商用製品「励磁突入電流抑制装置 Inrush-Limiter T1」として2013年に発売開始してその納入実績を伸ばしています。
同社の資料によれば 同装置は日本国内の主として 分散系発電(風力発電・PV発電・小水力発電)および産業系(鉄・非鉄・化学・電気化学・製紙・鉄道ごみ処理施設等)の154kV~6kV級変電所の商用設備として既に200台以上が採用されて商用運転実績を重ねている とのことです。またこの装置はいかなる変電所の構成や変圧器&遮断器の仕様状況にも殆ど無制限に適用可能であること、
また本装置の採用により突入電流を変圧器定格電流以下に、また電圧瞬時低下を2~3%以内に抑制することで 突流現象を事実上消滅させる ことが可能です。これらの事実は様々な変電設備に採用された200台の装置の運転でことごとく実証されていると報告されています。 興電舎の突流抑制装置に関する技術説明・納入実績等は資料 [4] を参照ください。なお一部の大手メーカによる同種装置の共研或いは実証試験報告等はありますが未だ本格的な商用納入実績の報告はないようです。
D. 突流抑制策、今後の展望
系統電源が得られない発電設備で発電機を起動する場合に変圧器を発電機側から課電する必要があり、この時に突流現象が必ず発生して無対策では変圧器電圧を無事確立することができません。このような運転が必要となる事業所内自家発設備や一部の水力発電所などでは変圧器の 大掛かりな設備の突流抑制法(半電圧起動方式, 変圧器Δ―Y電圧切り替え起動方式、コンドルファ起動方式、プレマグ起動方式,など)が適宜採用されてきました。「簡単小型な構造の突流抑制装置」が未開発で存在しなかったからにほかなりません。
このような“技術の世界的常識”を見事に覆した画期的装置が参考資料 [4] に見る興電舎励磁突入電流抑制装置であるといえます。なぜならこの装置はデジタル保護リレ-に似た小型装置で、PVT入力信号と遮断器補助信号だけを得て突流現象を能動的に抑制・消滅させてしまうからです。同社の抑制装置が日本のメーカ事業所や分散電源プラント等で急速に普及したのは頷かれるところです。
ところで、電力会社の60kV以上の変電所では一般に突流抑制策が実施されていません。その理由は第1に簡単な突流抑制装置がなかったこと、第2に変圧器の開閉頻度が少ないこと、第3に突流による負荷側の障害が顕在化することが稀れなこと等によるものと理解できます。しかしながら今では簡単な抑制装置が実現して産業系事業所や分散電源プラントで先行して実績が積み重ねられているので今後は電力会社の変電設備においても突流抑制装置が徐々に採用されていくものと予想しています。
2018年に北海道で発生したブラックアウト/ブラックスタートの再発防止がインフラセキュリティ確保の観点から喫緊の課題になっています。系統が万一ブラックアウトになった場合、ブラックスタートを順調に行うためには各変電所において個々に変圧器突流抑制装置を設ける等の対策が大切になることが明らかだからです。参考まで、以下に若干の補足説明をいたします。
(参考)
2018年9月6日未明の胆振(いぶり)東部地震で北海道電力系統が全停ブラッブラックアウト後にTa水力発電所を起点として開始された一度目のブラックスタートはT発電所EHV変圧器課電時の突入電流によってK変電所M変電所等別の複数電気所の保護リレー誤動作などが生じて開始約3時間後に失敗したこと。また2度目のブラックスタートではM変電所の変圧器の故障とそれに伴う分路リアクトルの共倒れによる電圧急上昇などで困難を極めたこと等が報告されています。
ブラックスタートでは多数の変圧器が逐次課電されるのですから突入電流や電圧瞬低の繰り返しによって各種リレーの誤動作に伴う手順の頓挫や変圧器のコイル座屈事故等が生じても不思議ではありません(詳しくは [5] を参照ください)。
ブラックスタートを無事遂行するためには ① 多数の変圧器の逐次課電に伴う突流現象の繰り返しと ② 事実上の無負荷長距離線路課電に伴う極度の電圧上昇(Ferranti効果)という二つの技術的困難を克服することが絶対に必要になるといえます。
(参考資料)
[1] 電力技術の実用理論第2版 (長谷良秀 丸善出版2015 (p104-114)
[2] Power System Dynamics with Computer-based Modeling and Analysis (by Y.Hase T.Khandelwal K.Kameda Wiley2020 p118-125)
[3] 変圧器励磁突入電流(インラッシュ電流)によるトラブルとその対応、公益社団法人 日本電気技術者協会
https://jeea.or.jp/course/contents/07304/
[4] Inrush-Limiter T1 興電舎製品カタログ、導入事例
http://inrush-limiter.jp/wp-content/themes/inrush-limiter/images/download/PA003-1905.pdf
http://inrush-limiter.jp/ja/applications/
[5] 北海道胆振東部地震に伴う大規模停電に関する検討委員会最終報告
https://www.occto.or.jp/iinkai/hokkaido_kensho/hokkaidokensho_saishuhoukoku.html
(解答執筆: 長谷良秀)