カーボンニュートラルを実現するために必要な技術、取り組むべき課題について紹介して下さい。また、カーボンニュートラル、カーボンゼロ、ネットカーボンゼロの違いについても教えて下さい。
カーボンニュートラルとは,温室効果ガスについて,「排出を全体としてゼロにする」ことです。「全体としてゼロに」とは,「排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにする」ことを意味しています。排出を完全にゼロに抑えることは現実的に難しいため,排出せざるを得なかった分については同じ量を「吸収」または 「除去」することで,差し引きゼロ,正味ゼロ(ネットゼロ)を目指すというものです [1]。
2015年にパリ協定が採択され,世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて 2℃ より十分低く保つとともに,1.5℃ に抑える努力を追求することなどを合意しました。この実現に向けて,世界が取組を進めています [2]。
1. カーボンニュートラルを実現するために必要な技術,取り組むべき課題
カーボンニュートラルを実現する技術として以下のものがあります [3] [4] [5]。
(1) 省エネルギー,エネルギー効率の向上
(2) 電力部門
➀ 再生可能エネルギーによる発電システムの導入拡大、 ② 原子力発電の最大限の活用,安全性に優れた次世代炉の開発、 ③ 火力発電における水素発電,アンモニアなどのカーボンフリー燃料の利用、 ④ CO2を回収・貯留して利用する「CCUS」
(3) 非電力部門
➀ 工場などの産業分野において,機器のエネルギー源を電力にする「電化」の促進、 ② バイオマスの活用、 ③ 鉄鋼業:水素還元による製鉄などの製造プロセスの改善、 ④ 光触媒を用いて太陽光によって水から水素を分離し,水素と工場から排出されるCO2を組み合わせてプラスチック原料を製造する人工光合成技術、 ⑤ セメント産業: CO2を廃コンクリートなどに用いて炭酸塩として固定し,原料などに使用するCCUSの取り組み、 ⑥ CO2を利用した「CO2吸収コンクリート」の開発
(4) 運輸 : ➀ 電動化、 ② バイオ燃料、 ③ 水素燃料
(5) 業務および家庭 : ➀ 電化の促進、 ② 水素燃料電池の導入拡大、 ③ 蓄電池活用
2. カーボンニュートラル,カーボンゼロ,ネットカーボンゼロの違い [6] [7]
カーボンニュートラルは,温室効果ガスの排出を全体としてゼロにすることです。これは,排出量から吸収量を引いた合計がゼロになることをいい,ネットゼロや実質ゼロと同じです [6]。カーボンゼロも同じ意味で用いられています [7]。
3. 水素の製造,保存,運送,利用技術 [8]
3.1 水素エネルギーの特徴
エネルギー資源としての水素には次の特徴があります。
水素は,水から電気分解によって取り出すことができるほか,石油や天然ガスなどの化石燃料,メタノール,エタノール,下水汚泥,廃プラスチックなど,さまざまな資源から作ることができます。 製鉄所や化学工場などでも,プロセスの中で副次的に水素が発生します。
また,水素は,酸素と結びつけることで発電したり燃焼させて熱エネルギーとして利用したりすることができますが,CO2を排出しません。
3.2 水素エネルギーの応用技術
水素の利用先として期待されているのは,燃料電池自動車(FCV)や燃料電池バス(FCバス)があります。水素の製造方法によりますが,自動車の低炭素化を図ることができます。また,フォークリフトなどの産業用車両での水素利用も始まっています。そのほかに,家庭用燃料電池があります。これは,燃料電池によって水素から発電をするとともに,排熱も利用して総合的にエネルギーの利用効率を高めたものです。
また,水素タービンによる発電は,2050年事典で累計容量は,最大約3億kWが想定されています (タービン市場は,最大約23兆円) [5]。そのほかにや,水素還元による製鉄も検討されており,世界市場展望は,2050年時点で最大約5億トン/年とされています [5]。
4. これからの自動車(電気,燃料電池,水素エンジン)
文献 [5] では,「2050年の自動車のライフサイクル全体でのカーボンニュートラルを目指すとともの,蓄電池産業の競争力強化を図る。」と述べられています。自動車の電化の推進として,これまでのハイブリッド自動車(HV),プラグインハイブリッド自動車 (PHV) の普及や,電気自動車 (EV) の 普及が挙げられます。 また,燃料電池自動車 (FCV) も販売されており,トラックやバスなどへの適用が期待されています。
燃料のカーボンニュートラル化として,バイオ燃料や合成燃料があります。合成燃料は,CO2とH2を合成して製造される燃料です。複数の炭化水素化合物の集合体で,「人工的な原油」とも言われています [9]。 原料となるCO2は,発電所や工場などから排出されたCO2を利用しますが,将来的には,大気中のCO2を直接分離・回収する「DAC技術」を使って直接回収されたCO2を再利用することが想定されています。
水素は,製造過程でCO2が排出されることがない再生可能エネルギー(再エネ)などでつくった電力エネルギーを使って,水から水素をつくる 「水電解」 をおこなうことで調達する方法が基本となります。 再生可能エネルギー由来の水素を用いた合成燃料は 「e-fuel」 とも呼ばれています [9]。
また,自動車の電動化において重要なのが蓄電池ですが,蓄電池の大容量化,低コスト化が進められています。 全固体リチウムイオン電池や革新型電池の性能向上,蓄電池材料性能向上のほか,電気自動車用の蓄電池を電力系統の需給調整用に用いるリユースも検討されています [5]。
その他に車の使い方の変革として,様々な移動サービスやデジタル技術の活用,道路,都市インフラとの連携が挙げられます。 文献 [10] では,『2050年に向けて,「世界中の誰もが便利で快適に,カーボンフリーのモビリティサービスを享受できる社会」を目指す。そのために,社会が変わる,そして,自動車が変わる必要がある。』 と述べられています。
参考文献:
[1] 資源エネルギー庁:「「カーボンニュートラル」って何ですか?(前編)~いつ,誰が実現するの?」 https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/carbon_neutral_01.html
[2] 環境省:「脱炭素ポータル:カーボンニュートラルとは」https://ondankataisaku.env.go.jp/carbon_neutral/about/
[3] 資源エネルギー庁:「「カーボンニュートラル」って何ですか?(後編)~なぜ日本は実現を目指しているの?」 https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/carbon_neutral_02.html
[4] 電気事業連合会:「2050年カーボンニュートラルの実現に向けて」 https://www.fepc.or.jp/sp/carbon-neutral/
[5] 経済産業省:「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」 https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/ggs/index.html
[6] 資源エネルギー庁:「日本のエネルギー 2020年度版 「エネルギーの今を知る10の質問」」 https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2020/003/
[7] 日本経済新聞:「カーボンゼロとは 温暖化ガス減らし排出量実質ゼロに,きょうのことば」 https://www.nikkei.com/article/DGXZQODF311920R31C20A2000000/
[8] 資源エネルギー庁:「「水素エネルギー」は何がどのようにすごいのか?」 https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/suiso.html
[9] 資源エネルギー庁:「エンジン車でも脱炭素?グリーンな液体燃料「合成燃料」とは」 https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/gosei_nenryo.html
[10] 経済産業省:「第3回 産業構造審議会 グリーンイノベーションプロジェクト部会 産業構造転換分野ワーキンググループ 資料2 「次世代蓄電池・次世代モータの開発」プロジェクトに関する研究開発・社会実装の方向性」 https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/green_innovation/industrial_restructuring/pdf/003_02_00.pdf
(名古屋工業大学 准教授 青木 睦 記)