送配電系統が建設されて以来、瞬時電圧低下によるトラブルはほぼ1世紀に亘って悩まされてきた問題ではないでしょうか? もう50年ほど前になりますが、私もまだ24才、ソ連邦(今のロシア)の化学工場の建設に電気のスーパーバイザー (SV) として派遣されていました。モスクワから南に夜行列車で28時間、コーカサス山脈の麓の小さな街でした。当時のソ連邦は共産圏で、何処に行くにも通訳付きで監視されており、街には日本人は一人もいなく日本食材も全く手に入りませんでした。Emailなどももちろん無く、仕事の通信手段は、電報と1週間に一度くらい申し込んで5分くらいやっとつながる電話だけが頼りでした。日本からの電気エンジニアは、新米の私と電機メーカーからのベテランのエンジニアの人との二人だけでした。
こんな中1年半、ソ連邦の電気屋さんにロシア語を教えてもらいながら、建設はほぼ順調に進みました。ところが試運転に入った頃、落雷による瞬低が度々発生し電動機が一斉に停止してしまうというトラブルが続出しました。当初、私には何が何だかさっぱりわかりませんでしたが、コンビナート(客先)の電気チーフエンジニアが1日おきくらいに私のところに来て解決策を迫ります。ユダヤ系の人で頭の回転が速く優秀なエンジニアという印象の人でした。彼はロシアの電気設備技術基準 (PUE) やいろんな文献を持ってきて、「電動機は電源を切った後も0.7秒ほど残留電圧が残る。瞬低回復後(瞬低時間はほぼ0.2秒くらいであった)すぐに一斉再始動をかけるので、電動機の突入電流で電圧降下が生じ、電磁接触器が再トリップしてしまう。瞬低が回復するまでの時間、電磁接触器が離落しない(電磁接触器が閉じたまま)にせよ」という要求でした。電磁オシログラフを持ち込んで、実際に大きな容量の電動機の残留電圧を測定し私に見せてくれました。(これを見て、彼が言っていることが私にもやっと理解できた)
このプラントでは、瞬低再始動方式としてコンデンサを内蔵して制御回路を自己保持するリレー (Off Delay Relay) を用いていました(瞬低で電磁接触器が離落するが、回復後直ちに再投入する)。 これに対して彼の要求は「瞬低時に電磁接触器が離落することの無いように、制御電源として無停電電源装置 (UPS) を付けよ」という事でした。当時、UPSは容量10kVA程度のもので数千万円していたと思います。とても彼の要求は飲めないので、電機メーカーのSVと二人頭を痛め、「0.7秒後には残留電圧が無くなるのだから、0.7秒以降に再始動するようにすれば良い」という事を頼りに、下記のような「対応策」を考えました。
1. 対応策の検討
当時の検討の過程を整理すると下記のような方法であった。「瞬低対策検討の手順」については、質問番号2021-0098「誘導電動機を有する産業設備の瞬低対策」の第1項「瞬低対策検討の手順」も併せてご参照下さい。
① プロセスエンジニアと相談して、瞬低時に再始動することが必要な負荷の再始動順序を5秒間隔で5段階のグループに分類した。瞬低回復後「+0秒、+5秒、+10秒、+15秒、+20秒以上」というイメージである。
② 幸いこのプラントは極寒に地にあって、凍結防止のために水による冷却塔が採用できず、低圧負荷の約半分を占める容量の負荷にAir Fin Cooler(大きな風車のようなもの)を採用していた。これらの負荷は瞬低後も惰性でかなり時間回転を続けており、プロセス上「+20秒以上」後に再始動すれば良いという事が分かった(残留電圧が無くなっている)。 逆に、これらの負荷を原設計のように、+0秒で再始動すると大きな残留電圧が残っている状態で再始動することにより、大きな突入電流が流れ、大きな電圧降下を引き起こす原因の一つになっていた。
③ 撹拌機のような負荷は、大部分のものが「+15秒」後に再始動すれば大丈夫という事も分かった。これらの「+15秒 および +20秒以上」後に再始動する負荷には、内部の空気で動作時間を調整する Pneumatic Timer を用いて再始動時間を設定した。
④ 残りのプロセス工程および機械の保護上重要な負荷を「+0秒、+5秒、+10秒」後に再始動する負荷に分類した。この中で「+0秒」グループの負荷は、約2秒間の瞬低後(電圧回復後)に再始動(電磁接触器を再投入)となるので大きな突入電流が流れ、許容の電圧降下値以内に抑えることができるかどうか、当時の私の電卓による計算だけではなかなか良い結果(大丈夫という結果)が得られなかった。また、大きな突入電流による機械へのダメージも心配であることが分かって来た。(当時は、パソコンも解析ツールもなく、電卓だけが頼りであった)
⑤ ここで、私は客先のチーフエンジニアからの要求「瞬低が回復するまでの時間、電磁接触器が離落しない(電磁接触器が閉じたまま)にせよ」を思い出した。制御回路用の電源として無停電電源装置 (UPS) を付けるという事は出来なかったが、代わりに、系統に与える影響の大きい容量が100kW程度以上の電動機用の電磁接触器をラッチ式構造のものと交換することした。幸い「+0秒」グループで100kW以上の電動機は10台程度であった。また100kW以上場合、モーターコントロールセンター(MCC)の中に、電磁接触器を交換するスペースを確保することができた。
2. 改造後の動作試験
この改造案を客先のチーフエンジニアに説明した。彼は無停電電源装置 (UPS) の採用にかなり固執した。まだ経験の浅い私には胃が痛むような交渉であったが、「実際に瞬低を発生させて、動作を確認する」という彼の提示した案で妥協点に至った。プロジェクトマネジャーを説得し、現場のプロセスおよび機械担当の方々の協力を得て、プラントを水運転の状態で試験することになった。
試験の方法は「コンビナート側の変電所で短絡事故を起こし、瞬低時間0.2秒、残留電圧20%程度の瞬低を発生する」という方法であった。
私も覚悟を決めて試験に立ち会った。日ソ協力で、電気担当者は電気室で「所定どおりに再始動順序に従って電動機が始動したかどうか」、プロセスおよび計装担当者は「コントロールルームでプロセスの状態およびインターロックに問題ないか」、機械担当者は「現場で機器や装置にダメージがないか」を確認した。本当に幸いであったが、この試験で、電動機が所定の再始動順序に従って再始動し、プロセス状態やインターロックに問題が無く、機器や装置にも異常がないことが確認された。
この試験の後、客先のチーフエンジニアは、「無停電電源装置 (UPS) の採用」について一切言ってこなかった。そして、このプラントの引き渡しが完了した後、後続のプラントとして30基を超える同種のプラント(コピープラントと言っている)を客先から受注することができた。更に6号基以降から、当時では新規開発のような容量500kVAの無停電電源装置を追加で注文して頂いた。
すっかり自慢話になってしまいましたが、上記1項の「対応策の検討」のアプローチ方法など、ご参考にして頂けましたら幸いです。 瞬時電圧低下現象および対策について、下記のQ&A(質疑応答)もご参考にして下さい。
① 質問番号 2021-0092 :瞬時電圧低下(瞬低)現象のモデリング
② 質問番号 2021-0093 :電動機再始動のモデリング
③ 質問番号 2021-0097 :瞬時電圧低下とその対策
④ 質問番号 2021-0098 :誘導電動機を有する産業設備の瞬低対策
⑤ 質問番号 2021-0099 :瞬時電圧低下対策の実例(海外編)
⑤ 質問番号 2021-0100 :瞬時電圧低下対策の実例(国内編)