誘導電動機の始動については 質疑応答2021-0084~0088 で解説していただきました。しかしながら、実務では解析結果と実機データの間に大きな差異が生ずることがあります。始動時間や始動電流が異なる理由が理解できておりません。特に、全電圧始動(直入れ始動)について解析精度をアップさせる手段がありましたらご紹介して下さい。
私が経験した実事例から、三相かご形誘導電動機の等価回路モデルを適切に選択することによって、実機とほぼ同等の解析結果が得られたケースをご紹介します。 以下、等価回路と始動特性から説明します。 詳しくは 参考文献(1) を参照ください。
1.三相かご形誘導電動機の回転子構造
かご形誘導電動機は普通かご形と特殊かご形に区別されます。特殊かご形は深溝かご形と二重かご形の総称で、各種回転子のスロットは 図1 のような構造です。国内では、可変速機を除けば5.5kW以上の三相かご形誘導電動機はほぼ全てが特殊かご形です。この特殊かご形の始動特性をより正確に模擬することにより解析精度アップに繋がります。
深溝かご形は、始動時の二次周波数が高い(すべりが大きい)間は表皮効果によって電流がスロット上部に集中し、始動完了後の二次周波数が低いときは電流がスロット内導体にほぼ一様に分布するので、始動時の実効的な二次(回転子)抵抗が高く、運転時は低くなります。一方、二重かご形のスロットは2段になっており、上部には高抵抗導体棒(黄銅または銅の特殊合金)が、スロット下部には普通の硬銅の棒が納められ、始動時には電流は主として上部導体を流れ運転時には主として下部導体を流れるので、始動時の実効的な二次抵抗は高く、運転時は低くなります。ここで、かご形誘導電動機のトルクは、二次抵抗の大きさに左右されることを思い出していただけましたら幸いです。
かご形誘導電動機のT形等価回路を 図2 に示します。回転子の定数は Xr(s),Rr(s) と記載されていますが、これはすべりによって定数が変化することを意味します。
図3には、深溝かご形誘導電動機の二次漏れリアクタンスの二次周波数による変化Kl・Xr、二次抵抗の変化Kr・Rr の例を示します。 すべりによって回転子定数は大きく変化することがわかります。
2.解析ツールで使用される三相かご形誘導電動機の諸定数
昨今、色々な解析ツールが販売されていますが、何れも誘導電動機の等価回路定数をソフトに入力して計算を実行する手順となります。 電動機の等価回路定数を求める方法は多くの文献で紹介されていますが、全負荷時の定数算定が前提となっています。 中には、回転子拘束時(始動瞬時)と全負荷時のそれぞれの定数を求める方法が書かれた文献もありますが、計算は大変煩雑になります。 また、二重かご形等における二本の回転子定数それぞれを入力できるツールありますが、この定数を計算することも労力を要します。
一方、電力系統解析ソフトウェアETAPには次の4種類の回路モデルが準備されています。① Single1(一重かご形非深溝)② Single2(一重かご形深溝)③ DBL1(二重かご形一体溝)④ DBL2(二重かご形独立溝)です。 ② は回転子拘束時と全負荷時の間で定数が直線的に変化するモデルです。これを図4に示します。(詳細は、質疑応答2021-0090〔誘導電動機のダイナミックモデリング〕を参照ください)
さらに、ETAPにはパラメータ推定(Parameter Estimation)機能が装備されており、メーカが提出する電動機テストレポートの結果からSingle2の諸定数を推定することができます。 例として3,300V,4P,450kWのファン駆動用電動機のテストレポートデータをパラメータ推定した結果を表1に示します。 回転子抵抗Rrは拘束時(locked rotor)と全負荷時(full load)で2.8倍程度の差があります。 全負荷時のデータだけで計算すると誤差が大きく、ここでご説明した近似手法により計算精度のアップに繋がる理由がご理解いただけると思います。
解析ツールに装備されたモデルの内容とその活用方法を理解することによって、スピーディかつ精度の高い検討業務が実現できます。
参考文献(1) : 新版電気機械学,猪狩著,コロナ社(ISBN978-4-339-00733-6)
(旭化成株式会社 加戸良英)