当コミュニティで多大なご指導をいただいている長谷良秀氏は、ご自身の著書「電力技術の実用理論(第3版)」(参考文献[1])で、誘導機の動的モデルについて解説されています。 動的モデルは、過渡現象の解明等、瞬時値解析を行う上で必須の基礎理論であると理解しております。 また、長谷氏はベクトル制御等のパワエレ応用分野で必要であると解説されています。 モデルの概要と瞬時値解析の検討例を紹介いただけましたら幸いです。
長谷氏の著書 「第25章 誘導機の理論」 で解説されている 「誘導機のabc領域における基本式」 について考察してみました。 abc領域とは、三相の端子電圧および電流そのものを用いて誘導機の回路方程式を求めるものです。 パワエレ回路で活用される三相/二相変換(αβ変換)、dq0領域への座標変換は別途文献をご参照ください。
1.誘導機のabc領域における基本式
次の基本的仮定のもとに回路方程式を記載します。
- 固定子、回転子とも対称構造で、各巻線の発生する起磁力の空間的な分布は正弦波状である。
- うず電流、ヒステリシスおよび鉄心の磁気飽和の影響は無視する。
- 巻線抵抗およびインダクタンスは周波数に依存しない。よって、深溝効果は考慮されない。
(1)式の補足については 末尾4項の「(1)式の補足」を参照ください。 なお、すべてのパラメータは固定子側に換算した値とします。
2.誘導機の瞬時値解析事例
解析事例1: かご形誘導電動機直入れ始動時の過渡トルク
(1)式にて、① 誘導電動機等価回路の諸定数、② 回転体の慣性モーメント(J[kg-m2])、③ 負荷の速度-トルク特性(カーブの数式)、④ 三相分の正弦波電圧 を数学ソフト(今回はEQATRAN-G)に入力して得た結果を 図2に示します。 電気トルク(空隙トルク)と回転数が描画されていますが、諸文献で紹介されている次の項目を確認しました。
- かご形誘導電動機を直入れ始動する際には、電源投入直後に振動性の過渡トルクが発生する。その大きさや継続時間は電源投入位相にはあまり左右されない。
- 過渡トルクのピーク値は4から7pu程度、ケースによってはそれ以上の非常に大きな値になる場合もある。
- 振動トルクの周波数は電源周波数に等しい。機械軸系のねじり固有振動数が電源周波数に接近していると不具合発生のリスクがあることが理解できました。
- 過渡トルクは誘導電動機の諸定数や回転子、負荷の慣性モーメントによって異なった様相を見せる。
この現象は 質疑応答2024-0300〔系統解析の重要性(を考える)〕、2024-0320〔系統解析の重要性 – 大型回転機軸系のねじり振動解析(成功事例)〕で紹介されていますので参照ください。
解析事例2: かご形誘導電動機の残留電圧と再投入時の現象
図3(a) の系統構成にて、上位系統に三相短絡事故が発生した際の誘導電動機負荷への影響を考察します。 需要家側では瞬時電圧低下(瞬低)が発生し、瞬低対策が取られていない電磁接触器は電圧低下により開放します。電動機と負荷は回転を続け徐々に速度は低下していきますが、図3(b) では電動機端子に残留電圧(residual voltage)が発生し続けている様子がわかります。
ここで、電磁接触器再投入時の過渡現象が課題視されることがあります。 図4(a) は誘導電動機の残留電圧が38%、電源電圧との位相差が180°の状態で再投入された際の現象ですが、再投入電流のピークは11pu、過渡トルクのピークは3.2pu(ブレーキ方向)程度に至り、系統保護や機械強度の面でリスクが生じることがわかります。
過渡トルクの影響で機械軸やカップリング、ギヤ、並びに電動機のコイルエンドが破損した事例も報告されています。 図4(b) は 参考文献[2] で紹介されている過渡トルクと電流の目安ですが、図4(a) の解析結果はこれに近い値が得られていることがわかります。
解析事例3: 電圧不平衡時の現象
私が実際に経験した事例です。 図5(a) のように、施工不良により電動機端子部で2線完全短絡が発生し、同一変圧器系統全体の電圧が不平衡となって運転中の誘導電動機に影響を与えたものです。 同変圧器には多くの誘導電動機が接続されていたのですが、図示した2台の誘導電動機だけがコントロールセンタの不平衡保護要素でトリップしてしいました。 事故発生当時は原因がわからなかったのですが、動的モデルを使用した瞬時値解析を行った結果、その理由と状況が判明しました。
図5(b) のように、電圧不平衡率は大きくはありませんが電流不平衡率は著しいことがわかります。 NEMA MG1(アメリカ電機工業会規格)には、電圧不平衡に対し電流不平衡率は遥かに拡大することが示されており、図5の解析結果はこの傾向を表しています。 また、電流不平衡率は誘導電動機負荷が軽負荷であるほど大きくなることが指摘されており、この事例で2台の誘導電動機のみがトリップした原因がここにあることも明らかになりました。
3.考察
誘導機の過渡現象について、abc領域の動的モデルを使用した解析事例をご紹介しました。 ここで認識しておくべきことは、1項の冒頭で述べた(1)~(3)の仮定です。 例えば、ここに示したモデルは 質疑応答2024-0323 〔誘導電動機始動計算の精度向上〕 で述べた、深溝かご形や二重かご形誘導電動機で起こる、すべりによる回転子(2次)定数の変化が表現されていないこと等です。 色々な系統解析ツールの数学モデルは、ある程度簡略化された上で構築されているので、検討目的に合わせて活用する視点が重要です。 また、実効値解析では足りず、瞬時値解析を行わなければ明らかにならない物理現象も多いことをご認識いただけましたら幸いです。
4.(1)式の補足
参考文献:
[1] 電力技術の実用理論‐発電・送変電の基礎理論からパワーエレクトロニクスまで(第3版),長谷著,丸善出版 (ISBN978-4-621-08898-2)
[2] 電気学会技術報告 第891号,誘導機の過渡現象解析技術 (ISSN 0919-9195)
(旭化成株式会社 加戸良英)