最適な保全方針(システム)とはどのようなことでしょうか? また、最適な保全方針(システム)を構築するにはどのようなことが必要でしょうか? 出来ましたら、御社でのご体験などを基にご教示下さい。
最適な保全方針(システム)とは? 製造業界における最適な保全方針は、業界・会社・事業所ごとに統一された方針ではなく、その事業所に合致した仕組みであり、以下のとおり様々な要因により最適な保全方針が決定されると言えます。
- 製造業種の違いによるトラブル発生時の影響度:数時間で復旧できる製造プロセスと、数日かけて復旧する製造プロセスでは影響度やトラブル許容の基準に差が発生する。
- 予備機比率や冗長化比率
- 組織体制や保全要因のスキル、協力会社や主要メーカー技術者のスキルやバックアップ体制など上記の要因を元に「事後保全(BM)」「予防保全(PM)」「予知保全(PdM)」などの保全方針をハイブリットで保全計画・保全戦略に落とし込む。
基本的に全てのリスク(トラブルや故障)をゼロにすることは困難であり、いかにリスクを低減した保全方針を確立するかが重要であり、逆にトラブルを避けるために予防保全で計画的に機器更新・補修・整備を計画すると膨大な保全コストが発生し、オーバーメンテになる可能性がある。信頼性と保全コストの最適点を見出すことが最適な保全方針になる。言葉では簡単だがその最適点を見つけることは非常に困難で一朝一夕には無理な課題である。焦らず複数年かけて検討することが、意外に最適な保全方針の確立の近道になると言えます。
ここでは、過去に様々なカテゴリーのエンジニアと最適な保全を追及することを目的に検討した内容について紹介します。 トラブルや故障分析とともにメンテナンスコストを同じテーブルで評価し、複数年継続することでその事業所の最適な保全方針が見えてきます。(年間保全白書を複数年作成する)
保全白書とは?
準備作業含め、具体的な分析すべき保全作業項目を整理すると下記の〔1〕~〔8〕の8項目になります。これらの8項目についての保全結果をまとめたものを「保全白書」と呼んでいます。この年間の保全結果をまとめた「年間保全白書」を複数年作成することで成果を上げることができます。
- 設備管理台数(設備数や機器数など)〔1〕
- 日常保全(BM対象)の年間評価 〔2〕
- 定期点検(法定点検など)の年間評価 〔3〕
- 定期大修理(S/D工事)の年間評価 〔4〕
- 設計や各種検討病無からの保全戦略への反映事項の整理と実際に反映 〔5〕
- ベンチマーキングスタディー(他業界・同業他社・学会・自社本社や他事業所)整理と反映 〔6〕
- 総合評価(次年度保全計画や長期保全計画への反映事項)〔7〕
- その他(保全に必要で得た情報をノウハウとして整理)〔8〕
トラブル・故障・各種点検結果・コスト・技術情報など、保全戦略・戦術に関する全ての情報を「年間保全白書」に集約することで、保全コストも配慮した設備信頼性向上に関する保全 PDCA [See Note] を回す起点とする。以下に各項目の分析・検討・目的などを記載する。これらの8項目の保全作業項目の分析・検討・目的について、一つずつ説明します。
Note : PDCA とは、〔Plan→Do→Check→Action の繰り返し〕のことです。 ここでは、PDCA とは〔Plan:年間保全計画(日常保全、定期点検、S/D工事)の立案、Do:実際に点検や補修を実施、Check:点検結果の集計・分析・考察・まとめ(これらを保全白書としてまとめています)、Action:長期保全計画への反映〕 のことで、この PDCA を長期間継続して保全計画へ反映したものを基に、次年度の年間保全企画を立案(Plan)していくことにしています。
〔1〕設備管理台数(設備数や機器数など)
設備管理台数とは、故障分析に伴う機器故障率や、補修や点検などのコストの機種ごとあるいは単位ごとのベースとなる情報である。ただし、その精度は正確なほど良いが、1台カウントミスしても総合評価には大きな影響が出ない。なので、詳細な数値が分からないからと言ってあきらめる必要はない。
〔2〕日常保全(BM対象)の年間評価
機種ごとにトラブル・故障件数やBMコストを整理し、上記設備台数を評価項目に加え1台当たりの故障確率や保全コストを検討し、次項の定期点検と評価することで日常保全の妥当性を検討する。件数やコストが大きければ、何らかの対策を検討し計画保全に反映する。なお、集計精度は、傾向をつかむことが目的のため、多少であれば抜けがあったり、重複が発生しても問題ない。
故障件数が多い機種やコストがかかっている機種は、さらに深堀が必要である。例えば、電動機であれば、コイル(絶縁面)と軸受ベアリング(機械部位)の分析は必要。 部品単位の評価は不要で、保全可能な部位ごとの単位での評価を実施する。 結果、予防保全や計画保全に何らかの反映が必要な場合、例えば、軸受に課題があれば、重要機のみ計画的なベアリング交換を実施したり、絶縁面に課題があれば、高圧電動機の場合、絶縁診断周期短縮したり、余寿命診断を計画するなどの対策を打つ。 配電盤などは、絶縁物に課題があるのか、有寿命品に課題があるのかなどを評価しコスト Min を意識し保全計画に反映する。重大トラブルであっても、安易に水平展開として定期点検の計画に反映することは、いたずらに補修費(点検費)を増加させる要因となるため、冷静に発生確率や緩和策の有無を検討し適切に保全戦略への反映可否を検討することが重要である。
〔3〕定期点検(法定点検など)の年間評価
定期点検(法定点検など)はトラブル未然防止に最も重要な保全である。点検することが目的ではなく、点検結果を確実に保全計画に反映することが極めて重要である。また、報告書では、不具合・劣化を発見し、補修や保全計画に反映できた数量などを明確にし、トラブル未然防止につなげたことをアピールする。点検は、基準値に対しての合否だけでなく、前回データからの変化率を重要な指標とし傾向監視を意識し、必要応じ点検周期の短縮や点検グレードの変更(簡易 ⇒ 精密など)を検討する。最終的に補修や取替・更新のタイミングなどを保全計画に反映する。
機種ごとや点検項目ごとの点検コストも集計し蓄積しておくことが、最適な保全方針の重要な指標の1つとなる。日常保全としてトラブル発生の有無は、定期点検の結果(通知票)と考えられる。
〔4〕定期大修理(S/D工事)の年間評価
定期大修理(S/D工事)は、大規模修理や更新工事、さらに停電を必要とする新設工事(プロジェクト工事)が実施される。 大規模補修や更新工事では、確実に設備の信頼性は回復するが、改めてどの程度まで信頼性が回復するのか想定し、関係者と共有する。個々での具体的な点検項目(例)は、以下の通り。
当該保全では、前述の定期点検結果をもとに設備更新が計画されるタイミングとなることになる保全形態である。また、各設備や機器の開放点検に伴う付帯電機作業についても作業項目や作業費を把握しておく必要がある。
〔5〕設計や各種検討業務からの保全戦略への反映事項の整理と実際に反映
運転、設計、保全に関する検討書や各機器の設備更新検討書、技術計算書なども記録として残す。これらの検討書で様々な機器の点検周期や点検グレードに反映もしくは反映を検討したことを残しておくことが最適な保全手法確立のキーワードになる可能性が高いと言えます。
例えば、ETAP による「系統事故解析結果」や「瞬低再始動容量最適化」などの検討書も「保全白書」の中に残しました。 また、別の年では、中部電力管内で発生した西日本60Hz系周波数低下事象についても ETAP でシミュレーションを実施した。この時は、周波数だけを低下させるモデルを構築する検討に労力がかかった。工場の電力系統の近くに発電出力を可変させる発電設備のモデルを構築し、発電設備を脱落させ周波数低下シミュレーションを実施した。このように設備の信頼性に関係する検討書などの成果物は技術資料としての価値もあるため積極的に記録として残すことを推奨する。
〔6〕ベンチマーキングスタディー(他業界・同業他社・学会・自社本社や他事業所)整理と反映
感電事故情報、法改定や防爆ガイドラインの改定など、保全に関係する情報は積極的にウォッチしておき、必要に応じ保全計画や保全戦略に反映することが望ましい。また、各種学会や講演会、セミナーなどでも有益な情報は入手し、保全計画への反映可否を検討する。最適な保全方針とは、常に保全 PDCA [See Note] を廻すと同時に新しい情報などがあればそれを反映し、時代や環境にマッチした保全スタイルであると考える。
〔7〕総合評価(次年度保全計画や長期保全計画への反映事項
どのように各項目の集計・分析・評価結果を整理し、定期点検結果を充実させるのか? 過剰な計画保全であれば、BM 対象比率を増やすなど、事後保全と計画保全のベストミックス化を図る。 最も大切なのは、当該検討結果を電気主任技術者と共に、事業所長や保全管理部門の長と共通することである。
また、当該資料をまとめることにより、電気関係の保全 PDCA [See Note] を廻すきっかけになる。 さらに他のカテゴリー(例:静止機器、動機器、計装)のリライアビリティーエンジニアとも情報共有し工務部門全体で保全の最適化を目指す。 これらの活動は、運転部門やプロセスエンジニア部門へも発信し、全体最適を図ることでリスクを管理下に置きながら最適な事業所運営に貢献する。
〔8〕その他(保全に必要で得た情報をノウハウとして整理)
年間の保全活動で得られた各種技術情報は、スタンダード、要領、手順などへの反映を検討し、それらへの反映に至らない情報でもノウハウ集として「保全白書」に残すことで事業所全体の信頼性か向上する。また、エンジニアのスキルアップにも貢献できると考える。
最後に、
最適な保全方針・保全戦略とは、素晴らしい仕組みを確立している事業所のシステムをそっくり真似ることではない。その当該事業所の歴史・環境・事業形態・体制(組織)などに合致したシステムを追及し確立するもので、そのために井の中の蛙にならず、様々な情報を積極的に入手することでブラシュアップすることが重要である。
(産業用電気設備関係の方からの回答です)